努は途方に暮れていた。
右手に受話器を握り締めて途方に暮れていた。
ツーツーツーという音が受話器から漏れていた。
ただその音だけがこの部屋を支配していた。
部屋の窓から見える景色に今にも沈みかけている夕日がうつった。
思考が半ば停止した状態でただぼんやりとその夕日を眺めていた。
あれからどのぐらい時間が経ったのかな?
これが黄昏ってやつなのかな・・・もうどうでもいいや。
努がぼんやりと黄昏ていると玄関から物音がした。
「ただいま〜」
相馬が帰ってきたようだ。
首だけ相馬のほうを向くと、どうやら靴を脱ぐのに手間取っていた。
どうやったら靴を脱ぐのに手間取るんだ?
「いや〜今日も負けちゃったよ。あとちょっとのところだったんだけどな。」
あはは〜と笑いながらまだ靴を脱ぐのに手間取っていた。
知らないよ。勝ったことなんてほとんどないくせに・・・
靴を脱ぎ終えた相馬が部屋に上がってきた。
この部屋は六畳一間という狭い空間で、もちろん風呂なんてあるわけがなく、トイレだって共同である。
この狭苦しい部屋に月無一家は住んでいる。
六畳一間なら三人家族が住むにはなんとかなるのでは?と思う人もいるかもしれないが、ところがどっこい、この部屋にはなぜかテレビや電話などの生活必需品と言えるようなものはだいたい揃っているのである。
なぜこんな貧乏家族にテレビが?と思う人もいるかもしれないがところがどっこい、それは努の夜這い、いや、月無家の間での通称アキバと呼ばれるゴミ捨て場への漁りにある。
努は粗大ゴミの日等々の日の当日の朝、又は前日の夜にアキバへと行き使えそうな家具や電化製品を漁っているのだ。
近所の人に怪しがられて警察を呼ばれるときもあるが、そこは今までの逃亡生活で培ってきた脚力が物を言う。
なぜなら彼は小学校にいたときから強面のオジサン達とリアル鬼ごっこ(鬼に捕まる=死)を繰り広げていたのだから!!
脚力・持久力は全国レベルである。
あえてもう一度言おう、命がけのリアル鬼ごっこに全勝中の努にとって警察なんて亀並みのスピードである。
まっ、パトカーや白バイには負けるが(自転車になら勝てるかも(ぇ
「待てー少年!!」とおまわりさんの息を切らした悲痛な叫びを後ろに聞きながら悠々と戦利品を持ち帰るのである。
銭形警部もきっと努に逃げられるおまわりさんのような気持ちなのだろう。
「お願い、ほんとちょっとだけ待って。おじさん足痛めてるんだよー。ほんとだよー。捕まえたりしないから、ねっ、ねっ?」
「おじさんもうちょっとがんばりなよ!!」
前言撤回、ただのキモいおっさんである。
ただ、この戦利品が本当に実生活で使えるかどうかは月無家の人たちの運勢から考えてもらっても限りなく0%に近い。
それでも一通りの物が揃っているのは努の汗と涙と根性の賜物である。
まぁ、そのようなわけで電化製品等があるのだが・・・
バカじゃないの!!電気がないと何も意味ないんだよ!!とツッコまれる気がしないでもないがそこは大丈夫!!
月無家には大家さんという心強い味方(?)がいるからね。
この大家さん名前をトメさん(80)という。
トメさんは体はしっかりしていて健康体なのだが、身寄りがおらず、しかもボケがマッハで進行中なので物忘れが激しいため家賃だって今まで払ったことないし、電気やガスや水道もちゃっかりトメさんに払ってもらっているのである。
そんなわけで月無家の人々は表面上は安泰(?)だったのだ。
実際は、月無家VS取立て屋のリアル鬼ごっこが展開されてきたのだった。
相馬は部屋の隅に置いてある座布団のようなものを引っ張って来て座った。
「努?おまえなにしてんだ?」
なにってサラ金から電話かかってきて、金がないなら明日僕をもらいに来るって言われて呆然としているだけですよ。
「受話器戻しとかないとだめじゃないか。電気代がかかるんだから(うちが払ってるわけじゃないけど)」
そのとき
「ただいま〜」
ガチャと玄関のドアが開く音がした。どうやら礼音が帰ってきたらしい。
礼音は右手にビニール袋を提げていた。今日は戦利品があるらしい。
「お帰り母さん、今日の収穫はどうだい?」
「ぼちぼちね。ざっとこんなもんよ」
そう言って右手に持っていたビニール袋からカップラーメンを三つ取り出した。
「どう?すごいでしょ」
礼音はまるで宝くじで高額当選したかのように自慢した。
「すごいじゃないか母さん。今日はご馳走だ!!」
相馬はまるで宝くじで高額当選したかのように驚いた。
「カップラーメン三つってそんなに凄くないからね!!」
努は半ギレしていた。
「と・に・か・く!!」
両手でバンっとちゃぶ台を叩いて、努は2人の注意をこちらに向けた。
「2人とも話を聞いて」
努は自分が現在置かれている状況を説明した。
ラブフル金融から取立ての電話があったこと、今日中に返済しないと明日には努がバラされてしまうこと等など。
「というわけで、このままここにいても死んじゃうだけだから逃げないと!」
いつの間にかちゃぶ台の前で正座している2人に努は必死に説明した。
「つまり努を置いて逃げれば父さんたちは助かるということだよね?」
「あら、あなたいい考えだわ」
((はっ・・・))
2人は努から発せられているライオンが獲物を狩るときのような殺気を出していることに気づいた。
眦は裂け、髪は逆立ち、目は金剛力士像のように怒らせているように2人には見えた。
「じょ、じょじょじょじょっ、冗談だよつつつつつつ努」
「そっそそそそそそそそ、そうよ努、冗談よ冗談」
2人の笑顔はどうみても引きつっていた。
「僕をあんまり怒らせないでよね」
「母さん努はいつの間にあんな子に育ったんだい?」
「知らないわよ、あんなにチワワのように愛くるしかったのに」
「そこ!!うるさい!!」
「「すいません」」
2人は努の怒気の前に完全に萎縮してしまった。
どうやら上下関係が逆転したようだ。
「ということだから、今日の深夜夜逃げするからよろしく」
「「はい、わかりましたってええええええええええええええええ!!」」
月無家の夜逃げ大作戦が幕を開けた。