序章
2010年4月17日午後4時30分ごろ、東京A区三好町2丁目のとあるマンションの二階の204号室に住む神花沙弥(かみばなさや)さん(17)が同級生の少年Aによって殺害された。
殺害された場所は神花さんの自宅の居間であり、犯行当時現場には家族は外出しており、沙弥さんは自宅で一人であったと思われる。殺害には刃渡り10センチの包丁が使用され、神花さんは全身を数十箇所にわたり刺され、出血多量により死亡したと思われる。
警察が付近の住民からの通報を受け、現場に駆けつけたときには神花さんはすでに死亡しており、包丁を持った少年Aがその場に佇んでいたのを現行犯逮捕された。
殺害に至った動機について少年Aは
「高校に入ったときは親切に話しかけてくれたのに、2年生になってから急に冷たくなったから話がしたかった。殺すつもりはなかった。神花さんの家に入ったら誰もいなかったので、家に入って待っていたら、彼女に急に怒られて、恐くなって包丁をつきつけて、気がついたら殺してた。」
神花さんの自宅の鍵が一週間前に紛失しており、おそらく少年Aが鍵を盗み、犯行に至ったものと思われる。
神花家では翌日から、通夜、葬式を行った。
沙弥の友人や同級生、学校の先生方、マンションの住人たちが通夜に参列した。
皆、黒い喪服や学生服を着て数珠を手に持ち、沙弥が殺されたことに深い悲しみを感じ、沙弥の最期を看取った。
中には、沙弥の友人らしき少女が泣いていた。
「どうして沙弥がこんな目に遭わなきゃいけないの?」
そうつぶやいてひたすら泣いていた。
通夜の参列者に頭を下げている遺族の中に周りの人間とは別の感情を抱く少年がいた。
彼の名は神花春輝(かみばなはるき)。沙弥の弟である。
今年で15歳になり、中学生に進級したばかりである。
春輝に悲しみの感情がなかったわけではない。むしろ世界中の誰よりも深い悲しみに包まれていたであろう。
しかし、今はもっとドス黒く怨恨の感情が心の中で渦巻いていた。
その感情の矛先は無論、少年Aへのものであるがそれと他にも沙弥の悲鳴を聞いた者にもおよんでいた。
(なぜ姉さんを助けてくれなかった?)
(なぜ様子を見に行こうと思わなかった?)
(なぜ姉さんの声が聞こえたはずなのに誰も動かなかった?)
(俺は許さない。姉さんを見殺しにしたやつらを!!)
人の心には扉がある。
扉を開けるも閉めるも心の持ち主の自由である。
しかし、ときには無理矢理心の扉を開けようとするやつらがいるから、鍵をしなくてはいけない。
春輝の心には鍵がされた。その扉は黒く、暗く、深く、そして悲しい色をしている。
その扉は誰も近寄らせなかった。その鍵は誰も見つけることができなかった。
春輝が心を閉ざしたまま一年が過ぎた。